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zoom RSS ル=グウィン氏 亡くなる

<<   作成日時 : 2018/01/24 22:37   >>

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ル=グウィン氏が亡くなった。88才だった。

「ゲド戦記」を親戚からプレゼントされたとき
私はまだ小学生だったと思う。
今のように6冊セットではなく
4冊(3冊?)だったと思う。
〈名前〉にそんなに魔術的な力があるのかと
子供心に思ったものだ。

彼女はジブリの「ゲド戦記」を評価していなかった。
あるいはだまされたと思っていたのかもしれない。

宮崎駿が若いときに「ゲド戦記」をアニメにしたいと
思っていたことは有名だが、ル=グウィンは日本の
アニメなど知らなかったし、まして無名のアニメーターの
申し出などはなから相手にしなかったろう。
後年「トトロ」を見て、アニメ化をするなら宮崎駿と
思った頃、宮崎駿の方にはもうその気はなかった。

宮崎の「ゲド」への思いは「シュナの旅」(1983)で昇華されていた。

ところが鈴木敏夫プロデューサが絡み、事態はややこしくなる。
鈴木Pは「ゲド」のアニメ化を推し進めた。宮崎駿は反対だったようだ。
鈴木Pは駿の長男・吾郎に初監督をさせる気だった。
アニメ化の許可を得るために鈴木Pは駿を連れて行った。
ル=グウィンは駿が監督するのだと思った。無理ないことである。
しかし実際はそうではなかった。
なので先に書いたように、彼女はだまされたと感じたと思うのだ。
ル=グウィンは音楽は気に入ったらしいが、物語の偏向した
アレンジを嫌った。彼女に限らず純粋な「ゲド」ファンは同様に思ったと思う。

このためかアニメ「ゲド戦記」は
原作がル=グウィンで
原案は宮崎駿の「シュナの旅」という不可解なことになっている。

吾郎氏は、この作品でバッシングされたりして
複雑な親子関係をより複雑なものにした。褒めたのは押井守くらいだった。
その影響はたぶん今も続いており
この親子の立ち位置は微妙で不思議だ。

ただ吾郎氏を擁護するわけではないが
宮崎駿が若い頃「ゲド」をアニメ化したら
かなり吾郎氏が作ったものに近かったであろうと私は思う。
その意味で息子は、それなりに親父をよくとらえていたのかもしれないと思う。
父親殺しなどという原作にないコンセプトは吾郎氏が父を
乗り越えるために無意識に取り入れたイニシエーションだった的な論評があるが
それはややうがっていて
駿がつくってもそういう要素が入った可能性はあるように思う。
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コメント(1件)

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どうですかね。親殺しの話は当初の脚本にはなくて、鈴木Pが煽って入れさせたとかなんとか…原作の竜は『男おいどん』に出てくる怪鳥ですね。わかったようなわからないようなことを叫ぶの。河合隼雄が謎解きしてました。割とわかりやすいお話でした原作の3は。後はどれも性にあわない代物でした。
KK
2018/01/26 01:34

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