今日の講義Ⅱ
3限は長谷先生の映像の講義。バザンの「チャーリー表象学入門」
M2のSさんの発表。とても丁寧にフランス語の原典から当たって
小海英二氏の誤訳部分を訂正しながら精読。
なかなか面白かった。
チャップリンが事象との関係性(指示性)をあえてずらすやり方、
例えば継続して行うべきところはわざと分断し
分断すべきところは敢えてルーティン化してしまう
(以上は私の浅薄なまとめ)。
そして、このルーティン化した動きはとても「機械的」なのに
逆説的にとても「人間的」に私達に感じられるという点(これは先生の論)。
とても刺激的だった。
その後、長谷先生に不躾な質問をしたら
喫茶店で話を聞いてくださった。有難うございました。
調子にのって明日のゼミのレジュメまで無理矢理見ていただく。
5限は松井先生のドラマトゥルグの講義。
今日は日本の(将来的なレパートリーシアターでの)レパートリーにと
考えておられる平田オリザの「ソウル市民」のDVDを見る。
1998年の平田自身の演出のと、2005年のフレデリック・フィスバックのもの。
両者ともシアタートラム。98年のは自分も見ているので懐かしかった。
フレデリック・フィスバックが日本にレパートリーというものがない状況を
踏まえた上で演出したことが、そういう状況を知らないで
演出を行うことの違いについて触れられていたが、そこをもっと聞きたいと思った。
過程としてはそうであっても、結果としてそれはどう反映するものなのか。
次回は「敦」について。「敦」も初演を見た。とても感心した記憶があるので楽しみだ。
M2のSさんの発表。とても丁寧にフランス語の原典から当たって
小海英二氏の誤訳部分を訂正しながら精読。
なかなか面白かった。
チャップリンが事象との関係性(指示性)をあえてずらすやり方、
例えば継続して行うべきところはわざと分断し
分断すべきところは敢えてルーティン化してしまう
(以上は私の浅薄なまとめ)。
そして、このルーティン化した動きはとても「機械的」なのに
逆説的にとても「人間的」に私達に感じられるという点(これは先生の論)。
とても刺激的だった。
その後、長谷先生に不躾な質問をしたら
喫茶店で話を聞いてくださった。有難うございました。
調子にのって明日のゼミのレジュメまで無理矢理見ていただく。
5限は松井先生のドラマトゥルグの講義。
今日は日本の(将来的なレパートリーシアターでの)レパートリーにと
考えておられる平田オリザの「ソウル市民」のDVDを見る。
1998年の平田自身の演出のと、2005年のフレデリック・フィスバックのもの。
両者ともシアタートラム。98年のは自分も見ているので懐かしかった。
フレデリック・フィスバックが日本にレパートリーというものがない状況を
踏まえた上で演出したことが、そういう状況を知らないで
演出を行うことの違いについて触れられていたが、そこをもっと聞きたいと思った。
過程としてはそうであっても、結果としてそれはどう反映するものなのか。
次回は「敦」について。「敦」も初演を見た。とても感心した記憶があるので楽しみだ。
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