つかこうへい 死す

つかが死んだ。
参議院選挙の最中、随分とつまらない時に死んだものだ。
彼の死は、もっと衝撃的に受け止めたかった。
というか、十分衝撃的ではあるが…

不遜で生意気なことを書くが
つかのいた時代に生きた私は
演劇をする上で
いかに「つか」から離脱していくかということが
常に問題だった

高校時代、演劇部の部長はコンクールに
「熱海殺人事件」で参加しようと言った。
札幌にいた田舎者の私達は紀伊国屋でかけられていた
「熱海」を見たことなどなかった
でもだれかが「熱海」じゃ審査員に落とされるよ
と言った。
要するに、そんな捉え方だった
そして、それが東京から遠く離れた札幌でさえ
聞こえてくる「つか」の影響力だった

大学に入って、演劇サークルで最初に舞台に立った芝居は
「戦争で死ねなかったお父さんのために」だった
画像


高校の教員になり演劇部の顧問をして
初めて関東大会に参加した作品
「地球にやさしい地上げ屋~時沢トキオの一生~」
を見た千葉のある顧問が
「つか世代ですね。私もつかさん、大好きなんですよ」と言われた。

つかからどうやって離れていくか
それがずっと課題だった

野田も平田もチェルフィッチュも
私の中ではもしかしたら
「つか」からどう離れるかという線上で見ていたのかもしれない

阿部寛の「モンテカルロイリュージョン」をはじめ
アイドルやジャーニーズを使ったキャスティングに
クビをかしげながらも
幕末純情伝や飛龍伝、寝取られ宗介と見てきた


なんなのだろう
このむなしさは

初めて「熱海」を読んだ時の衝撃
初めて舞台を見たときの再度の衝撃

つかは間違いなく戦後日本演劇の一大ターニングポイントであり
アングラから野田にいたる道筋の最も革命的な存在であった
だれもが「つか」にかぶれ、彼を乗り越えたいと思った

私は乗り越えられたのか…不明である

心から、心から冥福を祈る

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