『ナウシカ』をジェンダーで読む

という課題に取り組んでいる。
ナウシカに描かれる母性というものを
取り上げた論者は多い。
多くの場合、宮崎駿と母・美子との関係性に言及している。
病気で寝たきりだった母と幼かった宮崎駿。
10年後に抗生物質で回復した母と政治的な命題を
論争しあった宮崎駿。
ドーラのモデルであった母・美子。
といった具合に伝記的事実と
作品ないの母性がすりあわされて
語られるというパタンだ。

勿論そういった事実を無視することはできないし
作家論的なアプローチの際には有効な手がかりなのだと思う。

しかしもう少し作品内に依拠した形で
なぜ母を肯定できないナウシカが
オーマの母を自ら名乗って
結果的にオーマを欺くのか。
という点を考えてみたい。

難しい作業だとは思うが
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