嘉内と賢治 

最近ふと自分でも不思議なことだと思ったことがある。
それは、「アフリカのイヴ」という作品は
(もう12年も前に書いたものだが)
どうしてあれほど「銀河鉄道の夜」を引用しているのだろうか、
ということである。

あの台本は都合12回くらい加筆訂正を繰り返し改訂したため
そもそもどこから始まったものやら自分でもわからない。
当時の「にしえん」戦士はもしかしたら、決定稿前の台本を
何種類か持っているかもしれないが
当時はコンピュータで書いていた訳でなく
今はなきポータブルワープロ「オアシス」で書いていたので
そのデータも散逸してしまった。

あの話にはブルカニロ博士も登場する。
広く世間に知られている「銀河鉄道の夜」にはブルカニロ博士は登場していないはずなので
その出所はどこだったのか、今考えてみると自分のことながら不思議である。

「アフリカのイヴ」は友と壊れたボートで池に漕ぎ出して沈没し
自分だけ助かり、友と、知らせを聞いて駆けつけた自分の母親を失う
という水難事故から始まっている。
少年は死んだ友と母親をずっと心の中で生かし続け
あたかも生きているかのように振る舞ってきたのだが
死んだ友の父が「息子はもうダメです。溺れて45分たちましたから」という
言葉に現実に引き戻される。

このストーリーとブルカニロ博士とその助手たちの
人類創生プログラムの件が平行して語られる

難解な芝居で、よく「難しい」とか「わからない」といわれたものだが
時々、すごくわかるという人がいて、こっちが面食らったりするときがある

賢治の童話も詩も難解だと思う
特に童話はカタルシスがない
くらいものも多い。
賢治を知らない親が、名前だけは知っていて
きっと良いものに違いない、というような思いで
子どもに買い与えたりすると
子どもの方は「わからない」とか「こわい」とか思うときもあるようだ

保阪嘉内は山梨・韮崎の人である。
賢治と深く心を交わし
ともに青春を生き
しかし、ある時路を別った。
二人の交情は熱く、恋のごときものだったらしい。

私が銀河鉄道の夜に惹かれた訳は
当時、息子を失って間もなかったからだと思う。
あの作品の持つ、悲しみを、私は息子を失った悲しみに重ねた。
「アフリカのイヴ」にはダイダロスとイカロスの話も入ってくるが
いずれにせよ子を失った親の気持ちを
なんとかしてあの作品の中で昇華させたかった。

そう考えてみると
ジョパンニとカンパネルラの道行きは
「トシと賢治の関係」でもあり、また「嘉内と賢治の関係」なのかもしれない。
12年前の私には「友を死に至らせた少年と、その友の関係」であり
それは遠く、「私と息子の関係」であった。

それはある意味で逃れられない、それでいて透徹するような
そんな悲しみの関係であった。

私はいま「アフリカのイヴ」の続篇とも言うべき台本を書いている。
それも二本一編に書いている。
一つはそれが続篇とは思えないような趣きを異にしたホンであり
もう一つはあまりにもリアルであるが故にかえって続篇とは思えないようなホンである。

この二つをモノすることができなければ
私は12年たってまた
深い池の底に自ら沈んで行かなくてはならない
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