「残された人びと」 アレグザンダー・ケイ

宮崎駿初監督作品「未来少年コナン」の原作である。

NHKの本格的なセルアニメ番組第一弾だった。
第二弾は東映動画の「キャプテン・フューチャー」。

米国では1970年に発表され、日本では岩崎書店から1974年に出版された。
「未来少年コナン」は1978年放送。ちなみに作者のケイは1979年に死去している。

宮崎駿はこの作品についてインタビューで
「あの原作、好きじゃないんです。ペシミスティックで、
しかも、アメリカとかソ連とかいう見方が絡んでいてね。
終末というか、最終戦争物というのは、作家の持っている
潜在的な不安や恐怖の上に成り立っていて、
ただペシミスティックなものを引きずっていてね
-それを子供のものにしていいのかという気があってね。」
と言っている。

というわけで、NHKがハラハラするほど原作をアレンジして
まるでオリジナル作品のようにしてしまった、というのが
巷間言われている説である。

確かに原作の暗い感じ(牢屋の中や霧の海や夜の舞台が多いからもある)
に比べて、コナンは明るく、いつも希望をすてない自然児であるし
ジムシーのとぼけた感じやダイスの実は憎めないヤツだった的な展開なんかも
あるし、原作には出てないギガントや三角塔、地下世界など
ドタバタあり、飛行機あり、ダイブあり、水中シーンありと
宮崎駿面目躍如といった感がある。

ただ、私個人の特殊な感じ方かもしれないが
それであってもなお
後年の換骨奪胎、原作の面影も無くなるまで宮崎色を強くするのとは
ちょっと違って、かなり原作の枠組みと、これは異論もあろうが雰囲気を保っている気がする。

そして、「未来少年コナン」は大円団が待っているとはいえ
私的には
そんなに明るい話ではないように思う。

さらに言うなら、先ほどのインタビューの引用を読むと
まるで自作「風の谷のナウシカ・マンガ版」について語っているような趣きを感じる。
あのアニメ版の「クリスマスの奇蹟映画」的な終わりから
10年以上かかって紆余曲折を経て書き継がれたマンガ版。
やっとたどり着いた境地は果たしてどうだったか。
そして、その直後に作製されたアニメ「もののけ姫」は…

宮崎駿が意図的に原作から脱色した最たるものは「神」の問題だと思う
原作の後半で行われるマンスキー(アニメではモンスリー)とロー(アニメではラオ)とコナンの
会話は、まさにこの問題を扱っている。テレパシーとは別にコナンには天からの声とでも
いうものが聞こえるのだが、このあたりはアニメでは触れられてない。

しかし、お気づきのかたもいるかもしれないが
宮崎駿のマンガ版「風の谷のナウシカ」以降、宮崎が否応なく
かかわらざるを得なかったのは、まさに「神」の話だったのだ。

こうしたスパンでみると「未来少年コナン」の原作翻案は
何か運命的な感じのするものだと個人的には思っている。
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