「残された人びと」にあって「未来少年コナン」にないもの

ここの所、この話題ばかりだが
ついでなので書いてしまう。

逆はたくさん思いつく。
原作にない数多くの登場人物が宮崎氏によって
作り出された。
三角塔や数々の乗物もそう。
島も。のこされ島とロケット小屋。

名シーンの数々も。コナンとラナの水中シーンとか。

原作にあって「コナン」の中で触れられなかったものは
「声」である。
ラナとラオ博士の交信のことではない。
原作ではコナンに呼びかける「声」が登場する。

「コナン」では完全に黙殺された。
この「声」は何なのか。
それを考えることから
一つの流れが始まると
今、私は考えていて
それは遠く「千と千尋」あたりまでは流れている
宮崎駿作品の底流にあるものだと思っている
もちろん「残された人びと」の「声」とは違うものなのだが
しかし、「コナン」ではあえて扱われなかった

そのかわりに「コナン」で採用された
「機械文明至上主義」対「自然」という図式は
その後の多くの作品にも引き継がれた
かたや「声」の方は
ながく地下を流れ、
マンガ版「風の谷のナウシカ」で
地表に湧きだし、「もののけ姫」の
大きなテーマの一つとなった、と勝手に思っている。
続きはまた
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