「震災前」・「震災後」という言葉が将来表すもの

戦前・戦中・戦後という言葉は今も使われている。
少し前だと事変前・事変後という言葉もあったらしい。
震災前・震災後というのは今までは
「関東大震災」や「阪神淡路大震災」を指してきた。

今回の東日本大震災は
いまだに
復旧の目処がたたないとても厳しい場所もあり
これからが一番力を合わせて行かなくてはならない時期だが
次第に時が経過し(それは何年、何十年なのかは分からないが)
「震災前」「震災後」という区分がなにかしら有効な時が来たら
この言葉は何を暗黙のうちにしめすのだろう。

昨日大学で久々にあったOさんが
フランスの友人の日本に対する態度が
放射能汚染水を海に捨てた時から変わってしまった
と言っていた。

日本は同情されるべき立場から
加害者という立場にシフトしつつある

大気や海洋は国境がないわけだから
当然というば当然だ。
隣国が公害対策をしないで有毒ガスや
廃液を流したりすれば、多くの日本人が不快感を持つだろう。
立場を逆にして考えればすぐわかる。
黄砂でも腹を立てる人がいるのだから
放射性物質がもし飛んできたら誰だって怒るだろう。

むしろ国内でみな唯々諾々と(本当はそうではないが)
不平もいわずデモもせず
というか地域によっては何もなかったかのように
平然と過ごしている姿が外国からみると不思議にみえるだろう。

「震災後」という言葉になにかマイナスの意味が付与され
「お前、震災後世代か」とか
「ウチの会社は震災後に出来たから」とか
なんでもいいんだが
その言葉の中にマイナスが含まれるとしたら
それは悲しいことだと思う。
 
我々は今気づいている事以上に
もっと大きなものを無くしたりしていないだろうか
国際的にも国内的にも

明日、投票が行われる統一地方選だが
ここから希望が生まれるのかどうかも心配だ

津波は天罰などと言った人間が
三度どこかの知事になったりしたら
そこから今回の天災・人災の第二幕が始まってしまう気がする。
画像


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック