オーマの放つ「毒の光」/宮崎駿の原作ずらし法

マンガ版「風の谷のナウシカ」の中で
オーマのが放っている「毒の光」の正体は何だろう。

言葉としてなら、例えば〈放射能〉を例えたもの、という言い方はできるかもしれない。
ただし、絵柄としてはそういったものではない可能性もある。

こうしたずらし方は結構他にもあるように思う。

「On Your Mark」で〈流行の風邪〉という言葉を
あえて〈曲解〉したと宮崎駿は言ったが
では何の例えとしてとったのかは判然としない。
言葉の上では〈放射能汚染〉ととれないこともない。
ただし、それが仮に〈放射能汚染〉ととったとして
なぜそれが〈流行〉の〈風邪〉なのかは
映像を見る限りでは分からない。

むしろ〈曲解〉するとあえて言って
全く関係ないものを作っていたんじゃないかということ。
曲のビデオクリップという意識は殆どなくて
曲の持っている時間と
断片的な〈言葉〉だけが
あの時の彼には必要だったのではないのか。
要するにお題を与えてくれるものがあれば
それはどんなものでも良かったのだ。
そのお題の中に含まれている自分の今やりたいことに
かかわってくる〈言葉〉を〈曲解〉すれば良かったのである。

そんな気がする。

「未来少年コナン」と「残された人びと」も
「シュナの旅」とチベット民話「犬になった王子」も
みんなそうだ。
「魔女の宅急便」も「ハウルの動く城」もたぶん。
画像

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この記事へのコメント

KK
2012年02月23日 08:38
合理的解釈をしようとするのは無駄だと思う。『ポニョ』で変な女神が「世界の封印が」どうのこうのと説教したり、『ハウル』で流れ星を呑み込んで契約がなんたらかんたら、あれ理論的には組み立てられていない。たぶん絵(イメージ)が先にあって(絵から思いついて)、それを物語に挟みこんだ以上ではない、と自分は考えます。オーマの光はチェレンコフ光のイメージでしょうね。巨神兵は核技術の人格化なのかも…
はやおとうじ
2012年02月23日 11:55
KKさん。貴重なご意見有難うございました。
「チェレンコフ光」については調べてみます。
合理的に描かれていないものを合理的に論述することに抵抗というか、違和感があるんですよね。だから「ナウシカ」言説の中でも、ポストモダン的な解釈を誰かの論を敷衍しながら語る語り口が嫌いなのではないですか。でも、私事でいうと、そういうことをしたくなるし、そういうことに対する共感みないたなものは、持ってしまっています。KKさんの言葉を一つの戒めにして勉強してみます。

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