わが復讐をバルハラにて見守るがよい!!

マンガ版『ナウシカ』第3巻P74にあるクシャナの台詞。
トルメキア第二連隊第三軍は神速の機動攻撃を旨とする
装甲集団であるが、兄たちの陰謀により最も不向きな拠点防衛に
当てられ、むざむざと死に追いやられている。

その様子を目の当たりにしたクシャナは危険を顧みず
死に行く部下達の上空を旋回し、兵に向けて抜刀してみせる。
死に行く運命は変えられないが、
兵達は「殿下がわれわれの元に帰ってきてくださった!!
クシャナ殿下万歳!!」と叫びながら業火に飲まれて死んでいく。

その時のクシャナの台詞が
「そなたたちの最期見届けた!!
わたしから第三軍を奪い
精兵を空しく犬死にさせた
者どもへのわが復讐を
バルハラから見守るがよい!!」であった。
バルハラとは戦士が憩うとされる天幕のことで、
北欧の伝承によるものだ
とコミックスに註がある。

この言葉ははじめて読んだときも印象に残ったが
今はまた違う趣きで印象的だ。

宮崎は、「カリ城」以降、仕事がなく
様々な企画を上げても悉くボツになった。
仕方なく、マンガ版『ナウシカ』を描き始めるわけだが
その時の彼の暗澹たる気持ちは
あまり実感をもって想像したことがなかった。

へんな言い方になるが、
今、自分の置かれた境遇も
なんとなく似たところがある。
芝居をしたくてもできない状況。
とてもいい子たちを前任校に残したまま
新しいところでは部や同好会を作ることもままならない。
非常に悔しくて悲しい思いがある。

この程度の気持ちと宮崎のその時の思いは
比べものにならないとは思うが
私が言いたいのは
この死に行くトルメキア第二連隊第三軍には
宮崎のその時の思いが込められているような気がしたからだ。

神速の機動攻撃を旨とする=アニメーションの様々なスキルと経験を持つ宮崎
不慣れな拠点防衛=不慣れなマンガの執筆で食いつないでいる宮崎

クシャナの台詞はきっと宮崎の心の叫びでもあったのではないか
そこまでは言えなくても、重なるところはあったはずだ

そんな思いでこの場面を眺め直すと
また違った迫力とリアリティを感じるのである。

「わが復讐をバルハラにて見守るがよい」

もう一人思い出すのはスティーブジョブズだ。
宮崎とジョブズはなんとなく似ている。
干されていた時の感じも何となく似ている。

二人もとも「わが復讐」を成し遂げた。しかしながら
それで全てがハッピーになるわけではない。
その後にもまたあらたなる試練は待っているからである。
私も今というこの時をどう過ごし、どう次に繋げるか
考えるべき時なのだろう。
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この記事へのコメント

KK
2012年04月21日 22:13
あのシーンは映画版『ナウシカ』の後に描かれています。虫を一匹殺めると王蟲が群れをなしてくるところは、組合運動のイメージがあるのではと思います。テレコム時代の宮崎がアメリカ進出を考えていたのは、ハリウッドのアニメ組合が大ストライキを敢行したものの国外への下請け発注を止められず日本のアニメスタジオへの下請けが増えだしたという裏事情もあるようです。
はやおとうじ
2012年04月21日 22:32
KKさん、コメント有難うございます。そうですね。あのシーンは84年9月号にのっているので、一回目の長期休載(例のずっと蟲に食べられていた)の後で、アニメ版の後です。ただ、そんなかつての状況が投影されているかも…と思ったわけです。
上にも書いたんですが、ジョブズと宮崎は似ていると思いました。二人とも、全部自分でしたくなっちゃうというところがそっくりです。そしてそれができてしまう。感情の吐露の仕方も似てるかも。ジョブズは病的ですが…。そして幼少期のトラウマも似ているかもしれないです。
KK
2012年04月22日 11:09
彼の戦争まんがシリーズを読むと、アニメの制作現場と戦場をたぶらせて描いてるように感じます。戦場で自分のなすべきことをすぐに把握して持ち場を守る兵は敬意をもって描かれ、そうでない人間とりわけ脳なし指揮官はとことん悪意をこめて戯画化。ここで『ガンダム』第一作の富野と宮崎は重なるのです。

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