THE BEE  JAPANESE VERSION 雑感  ★(ネタバレ注意)

「THE BEE」の日本語バージョンを見てきた。
場所は前回の英語バージョンと同じ水天宮ピット。

まず、単純な感想を一言。
英語バージョンの方が遙かに質が高くよくできている。

★ネタバレあり★
日本語バージョンのダメなところ。
セット…野田の紙を使ったセットはもういい加減見飽きた。
役者…主人公井戸は野田よりキャサリン・ハンターの方が遙かにいい。
    小古呂の妻は宮沢りえより野田の方が良い。

役者の全体的な質は英語バージョンの方が良い。
セットも英語バージョンの方が良い。
日本語バージョンは、直接的に台詞が入ってくる、そのどぎつさを
セーブしようとしたのか、芝居がグロくもエロくもなく中途半端。
小古呂の息子が全く見えてこない。
宮沢りえにストリッパーという職業がみえてこない。
ルーティンの部分がただのくり返しにしかみえない。
強姦シーンとか指を折っていくシーンがおざなりで
全然伝わってこない。
台詞が説明になっている。
小古呂の妻がストリッパーであるということが、台詞で説明されているだけで
宮沢りえを見てストリッパーという感じがしない。
英語バージョンでは役者をみれば、説明なしで納得できたことが、
日本バージョンは台詞で予備知識を与えられないとそのように見えてこない。

狂気も猟奇も全て変に自己規制されていて
全然伝わってこない。
キャサリン・ハンター(女)が演じる井戸(男)/野田(男)が演じる小古呂の妻(女)
では成立していた様々な要素が、
野田(男)が演じる井戸(男)/宮沢(女)が演じる小古呂の妻(女)では
成立していない。
特に、キャサリン・ハンターが演じたときには強姦シーンや
子どもの指を折るシーンに相当の意味合いがあったのに
日本バージョンでは本物の男が本物の女を犯すという生々しさを避けようとしたのか
過激にならないようにという配慮なのか
全然インパクトを感じない。

ミツバチの意味が不明。

映像を使うというのは禁じ手だと思う。
最後のシーンは意味不明。

英語バージョンでは映像も使わず、
しつこく蜂のことをやらなかったにもかかわらず
なぜ「THE BEE」なのかが分かったのに
今回は現実的で具体的な(映像としての)「蜂」はしつこく出てくるのに
さっぱり意味が分からなかった。

野田にとって「THE BEE」は安心して世に問える
評価の高い(最後の)本の再演なわけだが
今回の舞台をみると
今後の新作に期待できるかどうかはかなり疑わしい。
「野田は終わった」という印象を改めて感じる。
画像

この記事へのコメント

ウマ
2012年05月31日 18:21
30日に大阪公演を見ました。
演劇鑑賞は初心者ですが、ほぼ同意見です。

あの終り方では話をまとめきれず匙を投げたようにしか思えず、結局何が云いたいのか分らずじまいでした。

ミツバチの意味としては

巣が襲われたときに攻撃する

家が襲われたので暴力に目覚めた

ミツバチは刺した後、自らも死ぬ(下腹部を引きちぎるようにして敵に針を残していくため、刺した蜂も死ぬ。)

死なばもろともの攻撃。攻撃すれば破滅することは最初から分っている。

の暗喩なのかな、と思いました。

ただ、それでもラストは意味不明です。

これが絶賛された劇?とガッカリしておりましたので、筆者様の言う「質は英語バージョンの方が良い。」と云う言葉に救われました。


はやおとうじ
2012年05月31日 18:49
ウマさま
コメント有難うございました
夢の遊民社時代から野田を追っかけてきた
身としては、貶しながらもどこかに
愛着と奇蹟を願っています。
この愛憎半ばする複雑な心境を
お察しください(笑)
野田地図が始まったばかりの頃の
「キル」や「贋作・罪と罰」など
名舞台はたくさんありました。
これからも期待してほしいと思います。

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