大滝秀治氏を悼む

大滝秀治さんが亡くなった。

なんとも言葉がない。

大滝氏のことを考える時、最初に思い出されるのは
民芸での宇野重吉との師弟関係だろう。
テレビが始まった頃、宇野重吉は劇団内の反対の声を押し切って
テレビドラマに進出した。当時、ドラマは録画ではなく、一回切りの生中継だった。
ラストで台詞をとちった若き日の大滝氏に宇野は「死ね!」と言ったという。
その一言は大変ショックだったが、大滝氏のプロ意識の根幹になったという。

民芸に客演していた有馬稲子さんが、宇野に激しく指導され、
帰りに下駄箱の隅で男泣きしていた大滝氏をみて
「あんなにうまい人がこんなに怒られるのか」と
驚いたと言っていた。

その大滝氏を宇野は可愛がっていた。「審判」の最後の台詞だしを
指導せず、大滝自身に任せて、紀伊国屋文芸賞を取らせたというエピソードもある。

大滝さんというと
北海道出身の私は、若い時に地元で見た、東芝日曜劇場の「うちのホンカン」シリーズが思い出深い。
あとは「北の国から」。倉本氏との相性も良かったのだろう。

舞台は数々あるが、
記憶に新しいのは山梨県の増穂町にある現「ますほ文化ホール」に
来て上演した「モンゴル帰りの爺」
やや台詞が飛んでいる気がした(笑)が、味のある舞台だった。
三木のりへい氏が亡くなって代わりを務めた
サザンシアターの「海猫理髪店」も印象に新しい。

CMやCMのナレーションなどでも味わい深い芸を披露した。

宇野重吉の弟子筋の人の最高齢が90近いという事実も
改めて実感した。
昭和が遠くなるのは当たり前だ。

大滝さんは大正生まれだと思うが
昭和と平成をずっと現役で過ごし
亡くなるときも現役のままだった。
出演した映画が上演中に亡くなるというのも
実に大滝さんらしい。
本当に芝居の中に生き、死んだ役者と言えるだろう。

心からご冥福をお祈りする。
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