中沢啓治氏を悼む

私はジャンプに連載されていた『はだしのゲン』を
リアルタイムで読んだ年代なので
中沢氏の死は重く受け止めている。

当時のジャンプは『はだしのゲン』に限らず
様々なタイプのマンガが掲載されていて
600万部を売って以降のジャンプとは
趣を異にしていた。

とはいえ、それでも『はだしのゲン』が
異色作であったことは間違いなく
仲間内で人気のあるマンガでは決してなかった。
私は読んでいたが、ジャンプの作品をすべて読まない読者には
『ゲン』は読まない作品の一つになりやすかった。

その後、連載誌を何度か変えながら
書き継がれた。
評価も政治的、思想的な立場によって様々で
否定的な人もいる。

しかし、アニメ、実写、ドラマ、ミュージカルなど
多くの媒体で作品化されたこともまた事実である。

中沢氏は、学校図書館で見てトラウマになった児童を
原爆の恐ろしさを感じてくれたのだ、と解釈していた。
評価はともかく、自身の体験から生まれた作品である。
それ故に、これだけ多くの反響があったのだと思う。

ご冥福をお祈りする。
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この記事へのコメント

KK
2012年12月27日 07:14
>中沢氏は、学校図書館で見てトラウマになった児童を
中学の図書室にありました。禁断の実を齧るような気分で読みました。懐かしいな。元旦に小学校の校庭で皇居の方角に皆でいっせいに頭をあげる儀式のさなかにゲンが「あほらし」と教師にくってかかるところと、天皇が広島を視察で車でまわり市民が「ばんざーい」を繰り返すのをゲンが「貴様が日本をこんな風にしたんだろうが。忘れんぞ」と顔面どあっぷで独りごとをいうシーンが真っ先に思い出されます。
KK
2012年12月27日 07:16
>いっせいに頭をあげる
「さげる」でした。あれはきっと、おとなになってからの中沢がゲンにたくして当時のおとなに食ってかかっているのだと思います。

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