宮崎駿と天安門事件

福島第一原発事故の後、
「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画を作りたい」という
横断幕をジブリの屋上のフェンスに掲げ、
宮崎含め3人と犬一匹でデモをした、という事が2011年にあった。

その22年前、中国で天安門事件があったとき
宮崎は「中国政府は殺人をやめよ!」という張り紙を吉祥寺にあったスタジオジブリの
ガラス戸に貼った。

本人談で「映画にかまけて何もできないから、
腹いせに、そのくらいのことしかできないから
貼ったんですよ。」と述べている。

これはコミックボックスの89年9月号にあるインタビュー記事だが
この中で、5年ほど前〈1984年くらいか〉に高畑らと3人で10日間中国に行った
ことがあり、その時、いやな印象を持って帰ったことを語っている。

このインタビュー記事の中で語っている中国に対する宮崎の観察は
とても的を射ていて、現在の状況を考えたとき、かなり予言的だ。

さて、この記事を読んで私が引っかかる2つ点。
一つは1984年に中国へのシンパシーはかなり無くなっていたという事実。
二つ目は、なぜガラス戸に貼ったのかという点。

特に二つ目。天安門事件に触れて、そんな貼り紙をするくらい
別に大きな問題ではないではないか、という向きは在るだろう。
ささやかな意思表示だ、とか抗議だとか。
しかし、私はそうは思わない。
なぜなら、その貼り紙の存在を私は知っているからである。
あれから20年以上たっているが、私は宮崎がそんなことをした、ということを知っている。

そして、福島原発事故の横断幕のことも同じである。
一人の人間があることに対して意思表示をする。全然おかしくないし
むしろ当たり前のことかもしれない。

しかし、私はこの二つの行為には単純にそれでは割り切れない
何かをいつも感じてしまう。もちろん、売名だとか、そういう低レベルのことを
言おうとしているのではない。
そうではないのだが、だか何かいつも釈然としない。
なぜなのだろう。私が60年代生まれで、彼が40年代生まれだからだろうか。
〈そう、ここには50年代=団塊の世代はいない〉
画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

KK
2013年04月11日 07:43
『宮崎駿の原点』のなかで駿の兄が「あいつ中国から帰ってきてからは共産党のキョの字も言わなくなった」と冷やかしていました。このお兄さん、私の父親と同世代なので発言を読んでいても感じるものがありました。彼は大学でラグビー、うちの父は柔道部、つまり典型的な体育会系アタマ。

高畑さんの『映画を作りながら考えたこと』に上海のアニメスタジオ訪問の随筆があります。その数年前に手塚治虫も訪れていたところではないかと思います。日本のアニメ界の給与体系について質問攻めにされて戸惑ったそうです。今度の私の訳本のテーマもそこなんですよ。
けんもほろろ
2015年09月11日 16:19
はじめまして。宮崎駿氏の発言を検索していたら辿り着きました。興味深い記事に感嘆しております。
さて、文末に50年代=団塊の世代と記されているのですが、団塊の世代とは1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)生まれの方々を指します。企業等の団塊の世代を対象にしたマーケティング戦略では幅を持たせて前後2年を含めることもありますが、いずれにしても50年代生まれは「団塊の世代」に当たりません。なお、1950年代前半に生まれた人々を「しらけ世代」、後半に生まれた人々を「無共闘世代」、60年代前半に生まれた人々を「共通一次世代」、「新人類」とする呼称がありますが、あまり定着しなかったように思います。
初めてのコメントでありながら、えらそうな言い方をして申し訳ございませんでした。悪しからずご容赦いただければ幸いです。
はやおとうじ
2015年09月12日 10:33
けんもほろろさま
ご教示ありがとうございました

この記事へのトラックバック