手塚治虫と宮崎駿

手塚治虫が戦争体験から得た「倫理」は
戦後の日本マンガの中に流れていく。
戦争の裏返しともいえるユートピア思想と
人間の矛盾する精神。
異質なものが分かり合おうとしてすれ違う場面を
手塚は何度も描き続けた。
ロックの死や、アトムの最後に手塚の幾分屈折した
生命倫理を窺うことができる。

夏目房之介は、この手塚の倫理の正統な継承者は
宮崎駿だったという。

宮崎が手塚が亡くなったときにかなり過激な手塚批判をした
ことは有名である。
手塚にあこがれ、マンガを描きながら、「手塚に似てる」と言われて
それまでに描きためた原稿を全て燃やしたという屈折した愛情を
宮崎は手塚に対して持っていた。

宮崎はマンガ家・手塚治虫を評価しながらも
手塚の関係したアニメについては酷評し
手塚がアニメについて語ったことは全て間違いだ、とまで言い切った。

そして件のアトムをあまりにも廉価で引き受けたがゆえに
その後の日本アニメはずっとその悪しき影響を受け続けたという
有名な説を述べる。

はたして手塚はアニメ版『ナウシカ』をみたのだろうか。
またマンガ版『ナウシカ』を読んだであろうか。

前にこのブログでも書いたが
ディズニーの「オリビアちゃんの大冒険」における時計塔の戦いは
「ルパン三世 カリオストロの城」の完全なるパクリだと思うのだが
なんとそのことを指摘している一人が、誰あろう手塚治虫その人なのだ。
手塚のアニメは最後まディズニーに影響され、いつかは「ファンタジア」や「ピノキオ」を
超えなくてはという脅迫観念に縛られ続けたと言ったのは宮崎だったが
そのディズニーに対して批判した、それも宮崎駿の作品との類似性を指摘したのが
手塚だったという事実は実に興味深く、人生を感じさせるエピソードである。

「これ手塚さんだったら、ナウシカ殺すなって思ったんですよね。(略)
それで王蟲がナウシカをつれて森に去っていくっていうので、
みんなで泣くって言う映画を作るなって。
僕はそんなことしてたまるかって思いましたからね(笑)」〈「風の帰る場所」ロッキングオン 2002 
画像
p269〉

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この記事へのコメント

KK
2013年08月20日 00:12
手塚が映画のナウシカを観て嫉妬まるだしだったのは裏が取れてます。

http://kowloonet.org/blog/2010/09/-2010911.php
>ナウシカが出たときに、手塚は嫉妬したらしい。
>スタッフ全員集めて「あれを観てはいけない。目が腐ります」と教示したエピソードがある。
>手塚のアシをやっていた人間に言質を取ったので、確かな情報。

このナウシカ論、ご覧になりましたか。面白いですよ。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/4-1-894f.html

それからこの本によると
http://blog.goo.ne.jp/khar_ms/e/4e49b4e302fa7c1b3b40057b75558dd3
手塚は『ラピュタ』にも嫉妬してたそうです。
はやおとうじ
2013年08月20日 07:42
KKさん。コメントありがとうございます。
早速ブログと本を読んでみます。
いつもありがとうございます。
アンテナが低い人間なので
本当に助かります。ありがとうございました。
KK
2013年08月20日 10:35
手塚がアニメのナウシカをどう思っていたかは、こんな風でした。
http://meloss.sakura.ne.jp/koubo/talk_in/2005/02/naushika01.php
http://meloss.sakura.ne.jp/koubo/talk_in/2005/02/naushika02.php

『カリ城』については、キネマ旬報での小野耕世との対談のなかでで少し触れています。大塚康生『作画汗まみれ』増補改訂版によると、『火の鳥2772』の動画をテレコムに外注する際に手塚本人が現れて「ぼくは『カリ城』は未見ですが、フルアニメをめざすので皆さんよろしく」と発言。実は既に観ていたことが後日判明。

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