アンネ・フランク関連の本が破られていることについて

東京都内の公立図書館で288冊におよぶ
アンネ・フランクに関連する本が破られている。

なぜアンネ・フランクに関する本なのかということは
様々なレベルで考えられ、気にもなる。
そして、この事件の持っている
曰く言い難い気持ち悪さのようなものを感じずにはいられない。

被害の及んでいる範囲やその冊数の多さから見て
子どもの仕業とは思えない。
いかなる思想・信条に基づくとこういうことになるのか。

しかし、仮りにそうしたこの事件の持つ
ある種の思想性のようなものを置いたとしても
(当たり前だが)こうした行為は断固許されていいものではない。
本は公共のものである。多くの人がこれまでも手にし、そしてこれからも読むのである。
その公共の本をどんな理由かは知らないが、個人が破壊していいはずがない。
本は何も悪いことはしていない。本は本だ。
本は読まれて始めて読者の心に立ち上がる。
批判したってかまわないが、それは読めるからなのであり
本は自ら批判されることを逃れようとはしない。

本を愛する人はこの世に沢山いるが
それは、一冊の本によって励まされたり
力をもらったり、深く考えさせられたり
何かに気づいたり、道が拓けたり
いやそんなだいそれたことではなくても
楽しめたり、笑ったり、泣いたりした経験があるからだ。

また、一度でも自分の書いたものを本にしたことがある人は
その本が自分の知らない人に読まれることの幸せを知っているはずだ。
自分が死んでしまっても、あるいはその本は自分の知らない誰かに
何かを伝えることが出来るかも知れない。

死んでも生き続けたいと願った少女の思いを
こんなやり方で破壊することは
誰であれ、どんな思想的な立場であれ
どんな苦しい環境にある者であったとしても
許されないと私は思う。

本には罪はない。本は読まれて本となる。
何か言いたいことがあるなら、言えばいいだけだ。
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