三輪健太朗「マンガと映画」刊行記念講演会

学習院に三輪さんの「マンガと映画 コマと時間の理論」刊行記念講演会に行ってきた。
今日は真夏を思わせる暑さであったが、まだクーラーがつかえないとかで
窓を開け放した中央教育棟403号室で
暑さに少々悩まされながらも、刺激的な講演を聞く。

最初に小田切博氏の特別講演「日本マンガ史と定義の問題について」があった。
小田切氏の90年代からの活動のあらましとそれに伴って考えた
マンガ史の見直しについての話。鶴見や石井が対抗しようとした伊藤逸平や須山計一らの
外国マンガを主体に考えた日本マンガ史の観点を、鶴見たちの次の世代である米沢や竹内、呉らが
鶴見たちのカウンタとして現れた時に伊藤や須山の論が見えなくなった(埋葬された)たこと。
あるいは、飯沢匡や横山泰三といった人びとが行っていた日本マンガを欧米を基準に考える見方が
蓄積されず、忘れられたたため、70年代以降国内マンガに関する言説が海外作品や状況を
「無関係なもの」として疎外するようになった経過などを説明。
最後に「マンガ学」は可能なのかについて語られた。
「マンガを対象にした学」ではなく「マンガ学」は可能なのか、
マンガとは定義可能なものなのか?
氏はマンガを変数としてとらえ、ホワイトボードにその例えとして公式を書いた。
「社会的諸関係の総体」として「マンガ」を捉え直すというのが、氏の結論だった。

休憩の後は、三輪健太朗氏の記念講演「マンガにとって映画とはなにか-「マンガと映画」からその先へ」
が行われる。
ここでは「マンガと映画」に至る氏の小学校時代からのエピソード(高校の図書委員会の出す冊子で
大友克洋の特集を組んだことなども含め)を語り、学習院の身体表象文化学専攻の院試で提出した
「マンガにおける特権的瞬間」という論文をいかに相対化していくかが修論への道だったこと。
そして、そこからさらに「マンガと映画」に至ったこと。さらに今、そこから先に進もうとしていることについて
語った。
全般的に落ち着いていて、余裕すら感じる講演と質疑応答であった。
講演の中でフランソワ・トリュフォー監督の「突然炎のごとく」やアッバス・キアロスタミ監督の「そして人生はつづく」、エミール・クストリッツァ監督の「アンダーグラウンド」などの映画の引用もあった。
また出たばかりの「テプフェール マンガの発明」法政大学出版局の引用などもあった。
レフ・マノヴィッチとトム・ガニングの論争などを引きながら、マンガを軸に近代視覚文化を再考することの
重要性を述べた。そして「時間の可逆性と不可逆性」について今後研究の中心に据えていくという
今後の展望を紹介した。

会場は、先に書いた通り蒸し暑かったが
マンガ研究の名だたる人びとが集っていた。評論家もアカデミズムの人も
相当数いて三輪氏の注目度の高さが窺えた。
特に、質疑応答ではマンガプロパーではない、他分野のアカデミズムの方からも手があがり
会のクオリティーは相当高かったといえると思う。

今後の三輪氏の活躍が否が応にも注目される。
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