幕が上がる 雑感2

小説としてよくできていると思うのは
ストーリーの進展と劇中劇の進化がリンクしているところ。
特に、部員の精神的支柱であった若き顧問・吉岡が
自分の夢のために離れていくところ、
演出の高橋が、母や老国語教師・滝田などとの関係性
に気づいていくあたりがよい。

かつて「高校生らしさ」というあやふやなモノを審査基準にされ
違和感を持ったリアルな高校生のすがた。
例えば、イジメとかの問題を描かなくても等身大の高校生は立ち現れる
という主人公・高橋の述懐や
かつてよく見られた声を張り上げる所謂「高校演劇」だけではなく
「静かな演劇」も上演されてますよという現状報告(平田氏らしい)、
高橋が「わかりあえないところ」から出発していく様子など
単なる小説というよりは平田オリザ氏の思想の実践版としての面もある。

個人的な感想も書く。
一つは甲府南高校の中村勉氏の作品との関係。
今年の全国大会に出場した同校の『マナちゃんの真夜中の約束・イン・ブルー』が
『幕が上がる』へのオマージュだったのかと気づいたこと。
「銀河鉄道の夜」がベースにあったのと、キューブを多用した舞台装置だったこと
など、思い当たる点が多い。「別に宮澤賢治が好きというわけじゃない」と氏が
言ってたのも何となく納得。
また、今年の関東大会出場作品『秘密の花園』も、
この『幕が上がる』に出てくる老国語教師で歌人の
滝田を描いたスピンオフ的な作品だったと気づいたこと。
気がついてしまうと、興ざめか。
かつて中村氏が「神の宿らぬ細部もある」といったときも
その言葉の出所を知っていた私は少々興ざめだった。
知らない方が良いこともある。

もっと私事で言うと
この小説の中で上演される「銀河鉄道の夜」を下敷きにした
作品のラスト(これは高橋が、吉岡に頼らず作り上げたもの)の台詞が
私がかつて書いた『アフリカのイヴ』のラストの長ゼリに似ていたこと。
『アフリカのイヴ』も「銀河鉄道の夜」を下敷きにしている。
同じ題材で作れば似るのは当然かもしれないがちょっと残念な気がした。
「18歳の私たちの前には、無限の星空が広がっている」という
小説の最後の一節も
「僕たちの前にはいつだって可能性の大海原が広がっている」という
『アフリカのイヴ』の台詞にちょっと似ていて、これもすこし残念。
ま、勝手に残念がっているということだが。

映画がどうなるか。楽しみである。
見てもないのに、授業で紹介して、見に行けと言う(笑)
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