合理的であるということ-『capeta』 22巻 雑感

カペタのすごい所は、ハートと合理性が同居しているところだ。
この展開はいつ見てもすごい。曽田正人の真骨頂だ。
根性だけでもない。だからといってクールなだけでもない。
合理的な計算と情念がガッチリかみ合う強さ
というより、そう言う状況にならないと勝てないという
その極点を常に曽田は描いている。
それだけでも、本当にすごい。
それが、あの純朴で普通の16歳平勝平太の中に住んでいるというところが
本当にすごいのだ。

周りの心ある大人が、カペタのさらなる成長を祈って
次のステージへと送りだそうとする
(今のステージではカペタを成長させられていと思って泣く泣く…)
するとカペタは平気な顔してここにいるという
なぜなら、ここの方が「勝てる」からだというのだ。
資金はないかもしれない、しかしこのメンバーは金では買えない
金はだれかがいつか出してくれれば解決するが
人の和は買えないというのだ

すごすぎる
しかし、確かにそうだ
ただし、これを聞いたら周りの大人は
死ぬ気で金を集めなくてはならない
気の毒だ

しかし、そんな時、大人は悲鳴を上げながらも
すごく楽しく、幸せだと思う
年をとって一番スリリングで面白いと思えることは
若い才能に出会う時だ
50を目前にして本当にそう思う
自分を遙かに越えていく若い才能に出会えたとき
そしてそれを育てられた時
最高の楽しみである

湘北の安西監督が花道と流川を育てることを
花道に「道楽」と言われて
それを肯定したうえで「これ以上の道楽はない」と思ったその意味は
ここにあるのだなぁと今つくづく思う
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