五輪マラソン選手選考終わる

代表に選ばれた6人の選手の人にはぜひ頑張ってもらいたい。

とはいうものの、毎回のごとく
五輪のマラソン選手選考には
なんとなく割り切れない曖昧さが
ついて回る気がしてならない。

アメリカのような一発勝負がいいとは思わないが
条件の違う選考会で、誰が見ても
納得のいく公平な基準は求めようがないのか?

今日の昼の番組に有森裕子氏が出演していた。
自身の松野明美氏との選考の時のことが話題になった。
彼女は余計なことは何も言わなかったが
涙ぐみ、時に言葉につまり、その沈黙が
20年たった今でも彼女を苦しめ続けていることが分かって
気の毒だった。
選手は誰でも選ばれたい。
しかし、選ぶのは自分ではない。
なのに、選ばれても誹謗されるのはあまりにもかわいそうだ。
バルセロナで銀メダルをとって帰ってきた時は
「メダルが防弾チョッキのように思えた」そうだ。
それだけ辛かったということだろう。

彼女の場合はメダルがとれたので、結果的にはよかった。
そうでなかった時、どうなるのか。
選ばれたものは選ばれたものとしてとんでもないプレッシャーがかかる。
選ばれなかったものは、どんな結果が出ても苦しみが和らぐことはないだろうから
さらに苦しいだろう。本当に残酷だ。勝負の世界だから仕方がないのか。
そうではないだろう。だって、勝負の前の段階のことだから。

モスクワの時のように冷戦という世界の軍事バランスで
出場を辞退するなんていうのもあまりにもひどいが
(4年に一度なんだからその時がピークだったという人はたくさんいた筈だ)
陸連という身近な組織の判断で
それも確たる説明もないまま、落とされたり受かったりするのは辛いだろう。
まぁ、アメリカみたいな一発勝負がいいとは私も思わないが
条件の違う選考会に一貫した基準を設けることはできるのか
ということになると難しい。
勝負が大切で、時間は関係ないという人もいるし
時間も大切なファクターだという人もいる

たくさんの試合にでている川内選手などは
走り損みたいな感じもするが
あの人はいい人だから、清々しく、自分はまだその器ではないみたいな
感じでいるのがかえって痛々しい。
同じ学習院に学んだものとして次回は頑張ってほしいな。

有森裕子氏は「自分で自分をほめたい」という名言をのこしたが
そんな言葉が多くの人から聞けるような選考であってほしい。
難しいことだが。

一発勝負もあとくされはないかな。でも、ダメだな、やっぱり。
自分でもこんな具合に曖昧になるから
だれが考えてもやっぱりむずかしいんだろう。
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