テーマ:追悼

上島竜兵氏、亡くなる

芸人の方がこんなふうに亡くなるのは本当に辛い。 同年代でもあり、とてもこたえる。 家族や友人や仕事関係の人は もっと辛いだろう。 こんなに衝撃を受けるとは思わなかった。 ご冥福をお祈りする。 どうか死後は安らかに穏やかに過ごせますよう。
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息子の会

息子の命日に近い休日に 毎年、関わりのあった人に来てもらって BBQをする会をしていた。 ただ、ここ数年はコロナのせいで 墓参りをするだけになってる。 今日、今年のその会が行われ、 墓前で近況を語りあった。 息子と同時期に入院していた人も 2人来てくれて、元気な顔を見せてくれた。 この会をやっているうちは雨も降ってこな…
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祥月命日

今日は息子の祥月命日だった。 家内と母と3人で墓参りをする。 24年前の今日はとてもいい天気だった。 陽光が眩しかった。 それ以来、毎年4月27日は晴れることが多く 雨が降った記憶はない。 家内と、息子が晴らしてくれているのだと いつも言っているのだが、 今日も墓に着くと曇り空から日差しも見えて 同じことを思った。 …
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見田宗介氏亡くなる

1日。敗血症。84歳。 見田宗介氏が亡くなった。 文学的な香りのする文体。 知らず知らず引き込まれて読み進んでしまう。 ウェキペディアの見田ゼミ出身者を そのまま載せると 内田隆三 吉見俊哉 若林幹夫 舩橋晴俊 福岡安則 亘明志 江原由美子 大澤真幸 宮台真司 小熊英二 熊田一雄 上田紀行 …
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藤子不二雄Ⓐ氏、逝く

マンガ家の藤子不二雄Ⓐ氏が亡くなった。88歳。 代表作 「忍者ハットリくん」「怪物くん」「プロゴルファー猿」 「魔太郎がくる!!」「笑ゥせぇるすまん」「まんが道」 F氏とは異なる個性を描いた。 個人的に、小学校時代、叔父がくれた「毛沢東伝」が印象に残っている。 どうしてそれを、しかも小学生の私にくれたのか 今となっ…
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恩地日出夫氏を悼む

1月20日。肺がん。88歳。 映画監督。 「傷だらけの天使」のオープニングを作った人。 それだけで十分すぎる偉業だ。 才能や感性は時代や年齢やあらゆるものを超える。 そう思わせる傑作だと思う。 ご冥福をお祈りする。
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息子の30回目の誕生日

6歳で亡くなった息子の30回目の誕生日。 私が30歳の時に生まれた子が 30歳になる年になったのかと思うと 時の速さに驚くと同時に、いささか落胆に似た気持ちになる。 6歳で亡くなったから最初の10年は 小学生を見守るようなつもりでいたが そのうち20歳になり、ついに30歳。 私が彼を授かった年になった。 生きていれば…
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山田禮二先生のこと

私の家の居間の壁に一枚のエッチングがかかっている。 パリの街角を描いたもので、山田禮二という人の作品である。 このエッチングは、一人暮らしを始めた高校時代から 大学、就職、結婚と時を経てもずっと一番見えるところに飾ってきた。 私が札幌市立柏中学校の生徒だった時に美術の先生をされていたのが 山田禮二氏である。 この作品は先生か…
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水島新司氏 逝く

10日。肺炎。82歳。 言わずと知れた野球漫画の巨匠。 『男どアホウ甲子園』『ドカベン』『野球狂の詩』『あぶさん』… 多くの作品が長期に連載し何世代にも愛された。 私の水島氏の思い出は 小学生の頃、叔父に買ってもらった 『いだてん三太』という日の丸コミックス。 グリコというあだ名の少年がマラソン大会で奮闘する物語。 …
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﨑田哲教頭先生を偲ぶ会

今年最後の授業日の今日 﨑田先生を偲ぶ会が学校で行われた。 校長の挨拶の後、全校で黙祷した。 同窓会顧問の大西勉氏、県教委の権太正弘氏 生徒会長の木戸君の追悼の言葉の後、 吹奏楽部・アカペラ部・生徒自治会による 校歌演奏があった。 最後に奥様から謝辞があり、会は厳かに幕を閉じた。 大西先生もおしゃっていたが 黙…
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平田弘史氏を悼む

劇画家。 11日。心不全のため死去。84歳。 構図の良さ、緊張感、迫力。 題字などのバランスやかっこよさも絵と同じだと思う。 見た瞬間に誰の絵かがわかることのすごさ。 劇画の巨匠たちが次々と亡くなる年であった。 ご冥福をお祈りする。
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信本敬子氏を悼む

脚本家。 12月1日。食道癌。57歳。 『カウボーイビバップ』を手掛けた。 彼女が担当した回はどれも素晴らしい。 Netflixで配信されたドラマ『カウボーイビバップ』では 第1話「カウボーイ・ゴスペル」にアソシエイト・プロデューサー のクレジットが上がっている。 北海道旭川市出身。同郷として誇らしい人だった。 まだまだ…
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八奈見乗児氏を悼む

3日、90歳。 八奈見氏と言えばグロッキー、ボヤッキーといった タイムボカンシリーズ。「ポチっとな」はこれからも生き続けるだろう。 私的には『風の谷のナウシカ』のギックリ。 考えてみるとナウシカで声を当てていた 納谷五郎、家弓家正、辻村真人、永井一郎、宮内幸平ら各氏は 鬼籍に入られた。そこに八奈見氏も加わってしまったわけだ。…
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喜多條忠氏を悼む

11月22日、肺がん、74歳。 かぐや姫に書いた『神田川』が有名。 南こうせつが追悼コメントの中で 〈お互いまだ学生だった頃、 喜多條さんは文化放送の新人の放送作家、 僕はペーペーのミュージシャンでした。 文化放送の近くの喫茶店で二人が意気投合して、 いつかきっと青山にでっかいビルを建てて みんなで夢を語れる自由なお城を…
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中根千枝氏亡くなる

12日、老衰。94歳。 『タテ社会の人間関係』は英語に訳され、その後13か国語に翻訳された。 東大初の女性教授。 1990年紫綬褒章、1993年文化功労者、2001年文化勲章。 ご冥福をお祈りする。
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白土三平氏逝く。

白土三平氏が、8日、誤嚥性肺炎で亡くなった。89歳。 1964年から『ガロ』に「カムイ伝」を連載。 マンガ界に及ぼした影響は計り知れない。 「カムイ伝」を読めと私に語った先輩諸氏は数知れず。 みな、いわゆる「マンガ」という以上の意味を込めて 勧めたのだと思う。 心から敬意を表し、ご冥福をお祈りする。
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さいとう・たかを氏を悼む

膵臓がんのため24日に亡くなった。84歳。 さいとう氏というと辰巳ヨシヒロらと結成した 「劇画工房」が思い浮かぶ。 一期目も二期目もすぐダメになったが この人は組織でマンガを描くという 志向がかなり初期のころからあったのだと思う。 辰巳の「劇画漂流」に若いころのさいとう氏の 様子などが詳しい。 「ゴルゴ13」は半…
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﨑田哲先生を悼む

本校教頭の﨑田哲先生の通夜があり 部活後参列する。 55歳という若さで あまりにも早すぎる旅立ちであった。 先生とは席が向かいということもあり よく話をした。 優しく、温和で、それでいてぶれない信念を持った方であった。 一高同窓として、後輩たちに少しでも一高魂を伝えたいという 熱い思いを持っていた。 学究肌で、…
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大久保一久氏を悼む

「風」の久保やんが12日に急性心臓死のため亡くなった。71歳。 ショックである。 「かぐや姫」のころから正やんに憧れ 中学校~高校時代は「風」を聞いていた。 コンサートにも何回か言った。 華は正やんにありそうだったが 久保やんの楽曲の素晴らしさは 年を経るごとにわかるようになった。 「ロンリネス」「夜の国道」…
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大島康徳氏を悼む

6月30日。中日の主砲として、また 日ハムでも活躍し監督も務めた大島康徳氏が亡くなった。70歳。 大腸がんのステージ4であることをブログで公表し、 余命1年といわれる中闘病し、その生きざまで多くの人に勇気を与えた。 私は父がドラゴンズファンだったこともあり 物心ついた時からずっと中日を応援する身だった。 小学生だったころ…
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立花隆氏死去

4月30日 急性冠症候群 80歳 1974年、『文藝春秋』に「田中角栄研究~その金脈と人脈」を発表。 ジャーナリストとしての地位を築く。 丹念な取材と膨大な資料に当たる姿勢でルポを書いた。 『中核 vs 革マル』 『日本共産党の研究』 『農協』 『宇宙からの帰還』 『「知」のソフトウェア』 『脳死』 『サイエンス…
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若山弦蔵氏を悼む

5月18日 心不全のため88歳で亡くなる。 若山弦蔵氏は私と同じ札幌の出身である。 札幌南高の卒業。 その後NHK札幌放送劇団の団員となった。 氏の特筆すべきは、舞台俳優から声優になったわけではなく 最初から声のプロ、声優だったと言ことだ。 多くの(他界した)声優が、声優をするためには 舞台が必要、声だけで芝居…
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エリック・カール氏亡くなる

絵本「はらぺこあおむし」の作者 エリック・カール氏が腎不全のため23日に亡くなった。91歳。 「はらぺこあおむし」は息子も娘も大好きな本だった。 本当にお世話になりました、ありがとうございました と言いたい気持ち。 彼の手がけた本はこれからもずっと 多くの子供たちを魅了し続けることだろう。
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息子の祥月命日

今日は息子の祥月命日。 22回目。 今日もいい天気だった。この日が雨だったことはない。 22年前もとても良い天気だった。 いろいろな思い出をここに書き込んできたが もう語らなくてもいいように思う。 日一日と息子のいる世界に近づいていると 思えば、それは楽しいことだ。 この世でやるべきことは次第に少なくなり …
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息子の会

毎年やっている亡くなった息子をしのぶ会。 一昨年までは、墓参りの後うちの庭でバーベキューをしていたが、 昨年はコロナで墓参りだけになった。 あれから一年たったがコロナは終息するどころか第4波に入り、 今年も墓参りだけとなった。 それでも、昔、同じ病室で頑張った子供(皆大人になったが)と その親が集まって話をするのはうれしいし…
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清水邦夫氏を悼む

15日、清水邦夫氏が亡くなった。老衰。84歳。 清水氏を考えるとき、蜷川幸雄との近さと遠さを思わずにはいられない。 最も近く知り尽くしているようで、実はつかみ切れていないような存在。 いろいろ思いだす。 昨年亡くなった古谷修先生がコモンセンスで演出さえた「タンゴ・冬の終わりに」。 ジアスの第3回公演「劇的といふ…
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田中邦衛氏を悼む

田中邦衛氏が先月24日に老衰で亡くなった。88歳。 死んだ私の父と同じ昭和7年生まれだ。 北の国からの話になる。 私の父は私が勤めて2年目(1985年)に52歳で亡くなった。 葬儀を終え、勤め先の遠軽に一人戻り 何をするでもなく、ぼうっとしていた。 テレビがかかっていて、それが「北の国から’84夏」の 再放送だった。 …
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大塚康生氏をしのぶ

3月15日。心筋梗塞。89歳。 訃報に触れるのが遅れてしまった。 白蛇伝(1958年)、少年猿飛佐助(1959年)、西遊記(1960年)、 安寿と厨子王丸(1961年)、アラビアンナイト・シンドバッドの冒険(1962年)、 わんぱく王子の大蛇退治(1963年)、太陽の王子 ホルスの大冒険(1968年)、 長靴をはいた猫(1…
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村上”ポンタ”秀一氏を悼む

ポンタさんが亡くなった。視床出血。70歳。 ショックでちょっと言葉が出ない。 私は山下達郎や吉田美奈子とのかかわりで 氏を知った。 なんでも叩ける日本を代表するドラマーで その評価はゆるぎない。 あまりにも早い死。 悔やまれる。残念。悲しい。
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震災から10年

東日本大震災から10年目の3月11日。 亡くなられた方、いまだ行方の分からない方、 震災以後に様々な苦労から命を失った方、 家族、友人、最愛の人を亡くした方、 人生が根底から変わってしまった方、 故郷に戻りたくても戻れない方、 時間があの日から止まってしまった方 私にはそうした人たちの本当の気持ちはわからない 想…
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