テーマ:追悼

息子の祥月命日

今日は息子の祥月命日。 22回目。 今日もいい天気だった。この日が雨だったことはない。 22年前もとても良い天気だった。 いろいろな思い出をここに書き込んできたが もう語らなくてもいいように思う。 日一日と息子のいる世界に近づいていると 思えば、それは楽しいことだ。 この世でやるべきことは次第に少なくなり …
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息子の会

毎年やっている亡くなった息子をしのぶ会。 一昨年までは、墓参りの後うちの庭でバーベキューをしていたが、 昨年はコロナで墓参りだけになった。 あれから一年たったがコロナは終息するどころか第4波に入り、 今年も墓参りだけとなった。 それでも、昔、同じ病室で頑張った子供(皆大人になったが)と その親が集まって話をするのはうれしいし…
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清水邦夫氏を悼む

15日、清水邦夫氏が亡くなった。老衰。84歳。 清水氏を考えるとき、蜷川幸雄との近さと遠さを思わずにはいられない。 最も近く知り尽くしているようで、実はつかみ切れていないような存在。 いろいろ思いだす。 昨年亡くなった古谷修先生がコモンセンスで演出さえた「タンゴ・冬の終わりに」。 ジアスの第3回公演「劇的といふ…
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田中邦衛氏を悼む

田中邦衛氏が先月24日に老衰で亡くなった。88歳。 死んだ私の父と同じ昭和7年生まれだ。 北の国からの話になる。 私の父は私が勤めて2年目(1985年)に52歳で亡くなった。 葬儀を終え、勤め先の遠軽に一人戻り 何をするでもなく、ぼうっとしていた。 テレビがかかっていて、それが「北の国から’84夏」の 再放送だった。 …
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大塚康生氏をしのぶ

3月15日。心筋梗塞。89歳。 訃報に触れるのが遅れてしまった。 白蛇伝(1958年)、少年猿飛佐助(1959年)、西遊記(1960年)、 安寿と厨子王丸(1961年)、アラビアンナイト・シンドバッドの冒険(1962年)、 わんぱく王子の大蛇退治(1963年)、太陽の王子 ホルスの大冒険(1968年)、 長靴をはいた猫(1…
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村上”ポンタ”秀一氏を悼む

ポンタさんが亡くなった。視床出血。70歳。 ショックでちょっと言葉が出ない。 私は山下達郎や吉田美奈子とのかかわりで 氏を知った。 なんでも叩ける日本を代表するドラマーで その評価はゆるぎない。 あまりにも早い死。 悔やまれる。残念。悲しい。
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震災から10年

東日本大震災から10年目の3月11日。 亡くなられた方、いまだ行方の分からない方、 震災以後に様々な苦労から命を失った方、 家族、友人、最愛の人を亡くした方、 人生が根底から変わってしまった方、 故郷に戻りたくても戻れない方、 時間があの日から止まってしまった方 私にはそうした人たちの本当の気持ちはわからない 想…
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甲府22.3度

今日は叔父の葬儀があり 富士川町にある火葬場に行った。 とても良い天気で春の到来を感じさせるような陽気だった。 優しく博識な叔父は88歳の天寿を全うし 大往生であったと思う。 悲しみや、寂しさはもちろんあるが 心から感謝したい。 葬儀が終わって帰る車の中は ポカポカで、後から22度もあったことを知る。
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森山周一郎氏を悼む

森山周一郎氏が亡くなった。肺炎。86歳。 「刑事コジャック」の印象が強い。 『紅の豚』のポルコ・ロッソ。 個人的には「キャプテン」の青葉学園のサングラスをした監督。 氏は劇団東芸第1期研究生だったのでもともと舞台俳優だった。 実際役者として時代劇やアクション映画で活躍された。 声優としては洋画の吹き替えを創成期からさ…
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息子の29回目の誕生日

今日は死んだ息子の29回目の誕生日。 例年通り、家内がチョコケーキを焼き、 私はそのとき話題になっているCDアルバムを プレゼントとして用意した。 CDという時代でもなくなりつつあるが 今日で23枚目のアルバムということになった。 今年はYOASOBIの『THE BOOK』。 ローソク消し東京にいる娘もネットで…
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半藤一利氏を悼む

半藤一利氏が亡くなった。90歳。 1965年『日本のいちばん長い日--運命の八月十五日』 1993年『漱石先生ぞな、もし』で新田次郎文学賞。 1998年『ノモンハンの夏』で山本七平賞。 2006年『昭和史』で毎日出版文化賞特別賞。 宮崎駿氏とSWITCHインタビュー 達人達に出演し(2013年8月3日)、 同年、『…
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中村泰士氏 / なかにし礼氏を悼む

中村泰士氏が20日なくなった。 肝臓がん。81歳。 ちあきなおみの「喝采」と 細川たかしの「北酒場」で二度レコード大賞を受賞。 中村氏は私たち世代だと 「スター誕生」の審査員としての印象が強い。 中森明菜に99点を付けたのはいまや伝説。 他の審査員が低評価だったところ 結果的には氏一人が彼女の才能を見出していたことに…
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一峰大二氏を悼む

前月27日に亡くなられた。 脳出血及び大葉性肺炎。84歳。 幼い頃、叔父が持ってきてくれた 『黒い秘密兵器』を読んだ。 後年の『巨人の星』(梶原一騎/川崎のぼる)に 通じる話で、最後のかすみの魔球で手首をやられ 野球が出来なくなるのは大リーグボール3号に似ていた。 もちろん『黒い秘密兵器』の方が先に描かれている。 …
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小松政夫氏を悼む

コメディアンの小松政夫氏が亡くなった。 私は今59歳だが、私以上の年齢の方は シャボン玉ホリデーから 電線音頭、しらけ鳥音頭、小松の親分さん など伊東四朗氏とのコンビでの笑いなど リアルタイムで見てきたことだろう。 淀川長治のものまねや、「どーかひとつ」、「あんたはエライ!」、 「上手だね、上手だね、上手だね」等のギャ…
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野間哲先生亡くなる

湯河原高校、大船高校で顧問をされ 桐朋学園芸術短大の教授をされていた 野間哲先生が7日亡くなった。 のまさとる先生とは関東大会で4回ご一緒したことがある。 2009年(千葉大会)の「じゃがいも母さん」 2010年(茨城大会)の「アイ・ラブ・坊ちゃん」 2012年(山梨大会)の「新釈姥捨山」 2016年(東京大会)の「戦…
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古谷修先生を悼む

古谷修先生が亡くなられた。 その報に接するのが遅れ 恩人の葬儀に参列できなかった。 平成4年、身延高校の十何年ぶりの自主公演に 「Please Mr. postman -冬木立の子守歌-」をかけた。 勘違いして良いできだと思い、古谷先生に上演ビデオを 送った。先生はけなすこともせず、代わりに全国大会の ビデオを送ってく…
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最近の物故者 2020年10月

筒美京平氏 7日 誤嚥性肺炎 80歳 あの歌手のあの曲もこの曲も‥という昭和歌謡の作曲王。 総売上枚数7500万枚。作詞家の阿久悠氏と対をなす、或いはそれ以上の ヒット曲メーカーだった。〈歌謡曲〉という語が華々しく輝いていた時代の 特筆すべき存在。 森川正太氏 13日 胃癌 67歳 「おれは男だ!」「飛び出せ!青春」「俺…
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エディ・ヴァン・ヘイレン 逝く

エドワード・ヴァン・ヘイレンが死んだ。 癌。65才。今朝訃報に触れて絶句。 そしてこんなにショックを受けた自分にもショック。 ヴァン・ヘイレンをことさら聞いていた感じは自分でも していなかったが、やはり時代の中で聞いていたのだろう。 日本のミュージシャンを含め、世界中のギタリストに影響力を もったギタリストだった。 …
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冨田耕生氏を悼む

冨田耕生氏が脳卒中で亡くなった。84才。 氏の仕事については語って語り尽くせるものではない。 アニメがこの世に生まれたときから声を当てていた 声優の一人である。 60年代生まれの私にとってはロボットアニメで 氏の声を聞かないときはなかった。 洋画のアテレコも数多く、 昭和を代表する声優の中の声優だ。 私的に言えば、ワ…
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内海桂子師匠の逝去を悼む

内海桂子師匠が亡くなった。97歳。 好江師匠との軽妙な掛け合いは絶品だった。 弟子である好江師匠に先立たれてからも 四半世紀現役で活動してこられた。 和服を着て三味線を抱え、都々逸を歌うことのできる 最後の芸人ではないか。 ウンナン、ナイツといった新しい才能を見いだし かたや舌鋒鋭く世相を語る まさに漫才師、芸人…
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山崎正和氏亡くなる

19日に悪性中皮腫のため亡くなった。86歳。 劇作家。 ただし私の個人的な印象から言うと 大学時代は『鴎外 闘う家長』の人。 教師になってからは『水の東西』の筆者のイメージ。 演劇に関わる身としては 「世阿弥」「実朝出帆」「オイディプス昇天」などの舞台を見るべきであった。 ご冥福をお祈りする。
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外山滋比古氏を悼む

外山滋比古氏が亡くなった。 胆管がん。96歳。 高校の国語教師である私にとって 外山氏は読むことがある意味義務づけられた 人だった。ビッグネームであった。 晩年も衰えることなく執筆を続け 大変な数の著書を世に送り出した。 軽やかで自由な筆致は 時に軽やかすぎることもあったが 味わいのある文章だった。 …
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桑田二郎氏を悼む

桑田二郎氏が亡くなった。85歳 桑田次郎の方がなじみがある。 言うまでもなく「8マン」の人であった。 線が美しく一見して氏の作品であることがわかる。 「ウルトラセブン」もよかった。 一峰大二氏とは岡友彦氏の兄弟弟子で 線に少し似たところがあったように思う。 一峰氏もヒーロー物のコミカライズの多い作家だが TVシリーズ…
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弘田三枝子氏を悼む

弘田三枝子氏が亡くなった。 73歳。心不全。 幼い頃、安いレコードプレーヤーで 「ジャングル大帝/レオの歌」を 飽きることなくいつまでも聴いた。 オワーオワーオワーオワオワー・・・から 始まるあの名曲だ。 なんて迫力のある歌い方だろうと思った。 心地よかった。 歌っている歌手を心から尊敬した。 その弘田さんが…
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安田裕美氏を悼む

安田裕美氏が亡くなった。72歳。大腸がん。 アコスティックギターのスタジオミュージシャンでは 石川鷹彦氏と並び称される方だがどちらも北海道出身だ。 井上陽水、小椋佳といった 70年代フォークの名曲の陰には必ず氏の存在があった。 寂しくなる。 「帰れない二人」のイントロを聴きたい。
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エンニオ・モリコーネ氏を悼む

エンニオ・モリコーネが亡くなった。91歳。転倒して骨折したことから 体調を崩されたようだ。 「ニューシネマ・パラダイス」は演劇部の生徒に 必ず見るべき映画として今までも見せてきたし 今年の一高の新入部員にも見せたいと思っている。 あの映画の半分は音楽でできているといって過言ではない。 またこの楽曲を西高演劇部OBOG…
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ジョージ秋山氏を悼む

77歳。死因は公表されてない。 氏の作品は、独自の世界観と、独自の線で描かれている。 誰にも真似できない。 その意味では、巨匠と呼ばれる誰とも違った ユニークな作家だった。 デロリンマンやパットマンX アシュラや銭ゲバ 浮浪雲やピンクのカーテン、恋子の毎日 ああいう話をああいう線で描く オリジナリティの凄さ…
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志賀廣太郎氏を悼む

青年団の志賀廣太郎氏が4月20日に亡くなった。 誤嚥性肺炎。71才。 残念である。 1998年の「ソウル市民」が最初だと思う。 「南島俘虜記」、「もう風も吹かない」など。 もっと見ている気がする。 良い声なのに必要以上に自己主張しない。 こういうことができる人が役者なんだろうな と思わせる役者だった。 一方…
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息子の命日

今日は息子の命日だった。 家内と娘、母と4人で夕方墓参りをする。 15時頃から雨との予報だったが 17時に行った時、何とか持っていた。 この日に雨になったことが殆ど無い。 息子が晴らしているのだと家族は思っている。 子どもを失った親は 死ぬまで自責の念から逃れられないと思う。 病気や事故、事件で子を失った親が 幸せ…
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追悼 最近の物故者

岸野一彦氏 2/21 俳優、声優 後藤淳一氏 2/24 声優 瀬畑奈津子氏 3/14 俳優、声優 …和田周氏の妻 宮城まりこ氏 3/21 俳優、歌手、福祉事業家 増岡弘氏 3/21 俳優、声優 藤原啓治氏 4/12 声優 久米明氏 4/23 俳優、声優 和田周氏 4/23 俳優、声優 小島一慶 4/23 アナウンサー …
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