テーマ:マンガ評論

サルトルとメルロ・ポンティ

メルロ・ポンティを読んでいる。面白い。 サルトルとメルロ・ポンティは友であったが 昔はサルトルの方が派手で、知名度も高かったように思う。 時代が巡り、今、二人を比べると 圧倒的にメルロ・ポンティの方が重要に思われる。 面白いものだ。 彼の論を「フレームの不確定性」の新しい切り口として 援用できそうな予感がしている。 予感。でも当た…
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覚書〈映画的であると言うことは褒めているのか貶しているのか〉

私が国文学を学んでいたときに常に引っかかっていたことは 文学作品を映像的あるいは映画的だと評することの意義は何なのかと いうことであった。私が研究した横光利一に「蠅」という初期短編があるが ことにこの作品はカメラアイや映画性ということに関連づけて語られることが多かった。 読者が作品を映像化して受容するということを肯定するとして その映像…
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示唆

大石玄氏がされている「博物士」は示唆に満ちたブログである。 氏とは全く面識がないが、共通点が一つある。二人とも札幌生まれということだ。 さて、全くなんの関わりもない氏のことを引用するのは 失礼千万だとは思うが、ちょっと今、思っていることがあり そのことを紹介しようと、こういう書き起こしになった。 2005年の夏はマンガ評論を考える上で…
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いきねば と いきろ

ここにはとても深い 断絶があると思う そしてこの断絶を 越えた男は絶望したと思う どうしてそんな 安請け合いをしたのだろう と その男はなやみ トラウマになって いつものごとく もうやめると繰り返したのだ でも彼の答えはもとより 決まっていた いきろ ではなく いきねばであることに
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ネームとコンテ

ネットで宮崎駿のコミック版「ナウシカ」のことを ネームみたいで面白いと言っていた人がいた。 これは面白い感想で ネームというのは乱暴に言えば下書きということだ。 宮崎駿の原稿が下書きに見えるというのは 画面の持っている荒仕上げ感というか まだ鉛筆段階なんじゃないか的な印象ということだろう。 宮崎駿は絵が上手いのかヘタなのか さて、こ…
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天竜人

ネーミングがどうかとも思うが 所謂少年マンガで差別問題を こういう形ではあるが 描くという姿勢は 評価すべき ものなの だろう なぁ/か 何故差別は起こるのか 全ての立場・方向性から 丁寧に 描いて欲しいものだ 唐突だが ナウシカでは その辺が不満であった 圧倒的な 歴史的記述の重さ故 まるで当然発生しうる 一つの事象という感じで …
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思想地図

今頃になって『思想地図vol.1』を読んでいる。 460頁強ある。少しずつ読んでいる。そのうち2号が出てしまうかな。 いろいろ興味深く読んでいるのだが伊藤剛氏の マンガのグローバリーゼーションを今日読んだ。 知らないことが多くおもしろかった。大塚英志氏の 相対化の仕方もある意味情緒的でおもしろかった。 戦後のマンガの倫理という問題は興味…
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許せサスケ……これで最後だ

かつてここで尾田栄一郎氏の「伏線」使いの上手さを書いたことがある。ラブーンの話などはその典型だが、 物語のスケールにあった大きな伏線である。 岸本斉史氏もまた「伏線」使いの名手である。 スケールの大きな伏線もある。サスケとナルトが千鳥と螺旋丸で闘った「終末の谷」が 柱間とマダラの闘った場であったというような、重層的な空間の設定は面白い。…
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ナウシカとエヴァ、そして、ほしのこえ

既に言われているところだが マンガ版「風の谷のナウシカ」と「新世紀エヴァンゲリオン」は 細部から主題にいたるまで数多くの共通点を持っている。 しかし、問題は似ているという事実より 似ていながらベクトルが違うという事の方であろう。 宮崎駿はエヴァを評価しなかった。 ナウシカを十数年にわたって紆余曲折を経て書き上げながら 「もののけ姫」に突…
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行動パターン

人間の行動はある程度予測がつく。 こういう発言をされれば、こんな風に自己防衛するであろうとか ここで褒められれば、こういう行動に出るだろうととか である。 分かりやすい。 どんなに複雑だと思われる人でも 案外、セオリー通りに動くものである。 こうしたパターンからはずれて行動できる人は 自分の素の部分になにか強烈な訓練や 或いは洗脳によっ…
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終わりのない…

「ドラゴンボール」の話をこの間ちょっと書いたが、少年マンガの特徴の一つに 絶え間ない相対化があげられる。 ピッコロよりフリーザ、フリーザよりセル、セルよりブウというように 後から出てくる敵はどんどん強くなる。当初主人公が苦しんだ相手が 後から出てくる強敵に赤子の手をひねるように始末される。 相対化には終わりがない。従って物語にも 内的動…
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文法と文体

「マンガの文法」などという。マンガを読み解くのに必要な様々なルールというと難しく聞こえるが 私たちは無意識のうちにこれを使っている。 しかし、諸外国で日本のマンガを読む読者には独特のこの文法を体得するのに 苦労をしている人もいるらしい。でも、好きなら読んでいるうちに自然と身につくものだと思う。 汗や描き文字など、慣れるまでは「?」という…
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エピソード オブ チョッパー+ -「冬島編」-

前回「アラバスタ編」に続く、原作を軸にしての映画化。見て感じるのは尾田栄一郎氏のストーリーテーラーとしての才能の高さである。次回の「金獅子編」は尾田氏のオリジナル原案だそうだから期待したいが、映画のためにわざわざストーリーを編まなくても、原作のダイジェストで充分に面白い。個人的には「アラバスタ編」「冬島編」とやったんだから、「空島編」「…
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『スラムダンク』72頁の無音-非映画的手法について-

日本マンガ学会から、「マンガ研究」13号に掲載されることになった「『スラムダンク』72頁の無音-非映画的手法について-」のゲラが届いた。校正して3日までに返送する予定。PDFファイルの方はメールで、紙原稿の方は郵送で送られてきた。校正は赤ペンでしこしこやるのが好きなので紙の方を返送するつもり。 発行は4月くらいだと思うのだが、今回のは図…
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『3000年の密室』-小説にしかできないこと、マンガにしかできないこと、演劇にしかできないこと

人に勧められて柄刀一の「3000年の密室」を読んだ。もう10年近く昔の本になるわけだが、楽しんで読み終えた。普段、小説というものを読まない。とくに推理小説やミステリー小説といったエンターテイメント系の本を殆ど読まないので、新鮮だった。前に書いたように、かつては小説家を目指したこともあるのに、落選以来、殆ど小説を読まなくなった。月に5・6…
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演劇評論とマンガ評論

マンガの評論を何本か書いている。レビューではない。論文である。演劇についての論文は活字になったことがない。一昨年と昨年、シアターアーツ賞の最終選考まで何とか残ったが、力及ばなかった。今読み返すと全然ダメ、という感じがする。私には何か決定的なものが欠けているような気がしてならない。カラダを健康に保つには、バランス良く栄養素を摂る必要がある…
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